防災ツーリズムと地域課題へのアプローチ。高知県黒潮町で地元の人たちとの交流から見えた学び。

本学の国際共創学部では、地域探究型実践プログラムとして、デンマーク、タイ、島根県、高知県などで現地の人々と交流しながら学ぶ機会を設けています。今回は2025年9月に高知県黒潮町でのローカル・リサーチに参加した在田智紀さん、S・Jさん、研修を担当した国際共創学部の山谷清秀先生に集まっていただき、現地で学んだことや感じたことを自由に語り合っていただきました。
教育ビジョン
自ら学びをデザインできる学生を生み出す
予測困難な時代を生き抜くために、主体的に学ぶ姿勢をはぐくみます。
多様な体験で得たものを発表・議論する場を設け、さらなる学びへ発展させます。
お話を伺った方
山谷 清秀 先生
国際共創学部准教授。専門は行政学で、行政組織や制度を研究。大学院の頃から苦情に関する研究を続け、今はカスタマーハラスメントをメインテーマにしている。
在田 智紀さん
国際共創学部2年。大阪府出身。必須科目でハワイ留学があると知り、あまり自発的に行動しない自分を変えられるのではと期待して入学。
S・Jさん
国際共創学部2年。奈良県出身。いつか世界に出て活動するのが目標。少しでも興味を持ったことはすぐに勉強するようにしている。
南海トラフ地震時「日本一危険」といわれた町へ
――高知研修の目的は何でしょうか。
山谷先生 一番は、防災ツーリズムについて学ぶことです。黒潮町は、南海トラフ地震発生時に34mを超える津波が来ると想定され、日本一危険な町といわれるようになりました。そういうネガティブなイメージを払拭するだけでなく、ネガティブな部分も含めて町を盛り立てようと、防災ツーリズムというスローガンを立てて防災のまちづくりなどに体系的に取り組んでいます。役所の防災対策はもちろん、地域の皆さんの普段からの工夫や民間企業の関わり、観光資源としてどう活かすかなど、非常に興味深いものがあります。そうしたことを勉強させてもらおうというのが今回の目的です。

――在田さんとS・Jさん、デンマーク、タイ、島根県、高知県という4つの研修のうち、高知県を選んだ理由を教えてください。
在田さん 普段はあまり地震や津波のことを考える機会がなく、避難訓練も“やらされている感”がありました。黒潮町の研修は、防災に関することが中心です。南海トラフ地震が起こったとき、自分ならどうするだろう、このプログラムで学べば自発的に動けるようになるかもしれないと思って参加しました。
S・Jさん 私は海のない奈良県出身で、津波の被害は想像しにくいのですが、小学生の頃から南海トラフ地震のことは聞いていました。南海トラフ地震は今後30年以内に80%程度の確率で起こるとされ、いつ起こってもおかしくない状況なので関心があります。黒潮町は防災ツーリズムにピンポイントで焦点を当てていて学びの内容がはっきりしていましたし、防災と観光を組み合わせている点にも魅力を感じました。
――研修はどのような流れで行われたのでしょうか。
山谷先生 学内で事前講義を行った上で、5泊6日の日程で高知市や黒潮町に行きました。まず高知県庁で県全体の危機管理や観光について話を伺い、その後、黒潮町に移って町役場や企業、住民の方々、高校生の話を聞いたり、逆に高校生に対して私たちが発表して意見を言ってもらったり。最後に、役場の方や議員など地域の方々に向けて成果報告会を行い、審査もしていただきました。こうした学びだけでなく、楽しみもありましたね。
在田さん カツオの藁焼き体験とか。
S・Jさん 自分たちで捌いて食べて。おいしかったですね。
山谷先生 もう本州でカツオは食べられないなと思いました(笑)。他にも、ジーンズ工房の見学やバーベキューなども行いました。

――高知県の皆さんと交流して、どう感じましたか。
在田さん 皆さん、とても親切でした。黒潮町に住んでいると、きっと地震や津波のことが頭から離れないんだと思います。だから、防災や避難のことも、皆が協力して取り組んでいるように思いました。
S・Jさん そうですね。他人事ではなく、自分のこととして捉えているのだと思います。2人に1人が高齢者という町なので、ともに助け合いながらやっていこう、すべて自分のこととしてやっていこうという思いを感じました。
山谷先生 黒潮町の皆さんは、玄関まで出てくる避難訓練をされているそうです。2人が共助について話したように、もし災害があっても玄関まで出ることができたら、後は地域の人たち皆で助け合えるんだと。実情を知らない私たちには、玄関までがひとつのハードルだというのは思いつかない。普段、どういう心構えで生活しているかなどを含めて、非常にリアルな話を聞くことができました。
地域の方々からの評価を、次の学びへ
――特に印象に残ったことは何ですか。
在田さん 津波避難タワーでの体験です。津波が来たときに一次避難するタワーで、20メートル以上の高さがあります。波が引いた後に地面に降りる方法として、垂直降下装置を体験させていただきました。伸縮性の高い筒状の布の中に入って、自分で筒を広げながら降りていくんです。
S・Jさん すーっと滑り降りるんじゃなくて、ゆっくり下がっていく感じ。ぴったりしているので閉所恐怖症の人たちは怖いと思います。
山谷先生 タワーには階段やスロープが整備されていますが、津波でそれらが使えなくなった場合のことも考えられていましたね。落ちないように身体に密着した造りなので、ノースリーブを着ていた学生は肩に擦り傷ができるほどでした。


在田さん もうひとつ印象的だったのは備蓄品についてです。タワーの避難フロアには、避難グッズや備蓄品が置かれているのですが、それらは「防災かかりがま士の会」という有志グループの皆さんが準備や管理していると聞いて、その意識の高さに驚きました。
山谷先生 黒潮町の方言で「かかりがましい」はおせっかいという意味らしいです。防災にはかかりがましいつながりが必要との思いから、有志で立ち上げた会だと聞いています。そうした地域の人たちの活動にふれ、直接お話を聞くことができました。
在田さん 国頼み・行政頼みにならず、自分たちでできることをしようという考え方が強く印象に残りました。高齢者の多い町で、自分たちに何が必要かは地域の人たちが一番よく知っているからと、「防災かかりがま士の会」の方々は話してくださいました。食料よりむしろ簡易トイレや生理用品、寒い時期の毛布などが大切になるので、それらは政府からの支給を待たずに自分たちで用意しようと活動されているそうです。
――研修のメインとなる成果報告会について教えていただけますか。
山谷先生 15人の学生が5チームに分かれて、今回の研修を受けて考えたことをまとめました。内容としては、例えば、防災ツーリズムの経験が他の地域の課題解決にどう役立つかとか、防災ツーリズム自体の課題とその解決方法を紹介するなど。特に提案をする必要はないのですが、提案を行ったチームが多かったですね。役場の方をはじめ地域の方々に各チームのプレゼンを審査・採点していただき、優勝チームには特典までご用意いただきました。

S・Jさん 僕としては、やはり成果報告会が一番印象に残りました。自分たちならではの視点でプレゼンしようと思って、山谷先生に何度も見ていただいて、寝る時間も惜しんで資料を作成したのですが・・・。防災意識の高い方々なので、学生の自分たちが知っていることや考えたことはすでに取り組んでいたりして、なかなか難しかったです。
山谷先生 事前学習で報告会の準備もするのですが、現地でないと実感が湧かないこともありますし、想定と違うこともあり得ます。なので、黒潮町を訪れてからの作業量は相当多くてハードだったと思います。事前学習を含めてずっと様子を見てきた教員の立場からすると、あまり準備が捗っていなかったチームが現地で突然覚醒し、優勝したことが興味深かったです。ちなみに、優勝チームはハラールを意識した防災缶詰について発表しました。外国人も増えている今、アレルギー対応だけでなく、ハラール対応もあってもよいのでは?という内容が地域の人たちに響いたようです。

S・Jさん 僕と在田さんは同じチームでしたが、残念な結果に終わってしまったので本当に悔しいです。研修から帰った後も、優勝チームと僕たちのチームの違いは何なのか考えました。ひとつには、プレゼンの見せ方。印象に残るプレゼンが大切だと実感したので、そこは今のゼミでの発表などに活かせていると思います。
山谷先生 見せ方ももちろん、テーマの設定の仕方が大切ですね。今回の優勝チームは、地域の人たちが求めているけど気づいていないことなどをテーマに選び、実際のニュースや他地域の事例を絡めたことがポイントになったと思います。
S・Jさん やり直せるなら、今度は下調べをしっかりして、プレゼンももっと工夫して、リベンジしたいです。
山谷先生 そんなに悔しがってくれるなんて、狙い通りです(笑)。この成果報告会では学生たちに期待していた変化が見られました。成果報告会は現地の事情に詳しい大人に評価してもらうので当然ながら厳しくなりますが、こういう評価の仕方があることを知ることもよい経験だと思います。しかも、途中まではそんなに熱心でなかったチームが優勝をさらっていったのですから、やはり人は結果で評価されるという教訓にもなったのではないでしょうか。
海外のことも国内のことも学んでこそ
――今回の高知研修を経て成長したと思うことは何ですか。
在田さん ひとつは避難グッズを家族の人数分、用意するようになったこと。防災や地震に対する意識が変わったと思います。もうひとつは、あまり自発的に行動しなかった自分がいろいろなところに行きたいと感じるようになったことです。1年の時のハワイ留学も今回の高知研修でも、普段の自分なら行かない場所に行って、会わない人たちに会ったことで刺激を受けて視野が広くなったように思います。
S・Jさん そうですよね。ハワイでは英語の勉強だけでなく、他国の学生と交流したり、ハワイの文化を知ることができましたし、高知県では防災ツーリズムの他にも地方が抱える過疎化などの課題にふれることができました。海外と国内、どちらも経験できたのは大きいです。僕はグローバルな仕事にも関心があるので、今後は文化の違いについてより理解を深めていきたいと考えています。
山谷先生 今回、約90人の学生が地域探究型実践プログラムに参加し、そのうち50人強が国内での研修を選びました。グローバルだけでなく、ハワイ留学を経たからこそ、ローカルへの関心も強くなったのではないかと改めて感じています。
――最後に、本学では教育ビジョン「自ら学びをデザインできる学生を生み出す」を掲げています。今回の研修内容をふまえて、自ら学びをデザインするとはどういうことか、先生の考えを聞かせください。
山谷先生 今回は「防災ツーリズム」というテーマを設定した上で研修を行いましたが、学生自らがテーマ設定やフィールド選びをできるようになればすばらしいと思います。今、社会で課題になっているのは何か、それを学ぶにはどこに行けばよいか。これは私の担当する科目「公共政策」でも扱っている点ですが、社会問題とは自然に発生するものではなく、なんらかの目に見える/目に見えない現象が「これがいま問題なんだ」と人びとに認識されることによってはじめて問題になります。だから、「問題を発見する」+「どうしてそれが問題なのか説明できる」、これが大事なのです。そうしたことまで考えるのが、本来の「学びをデザインする」。私たち教員側が「これを勉強しなさい」と与えるのではなく、学生自らが主体的に考えて動けるようになってもらいたいと思います。
Hints for SOUHATSU
創発につながるヒント
座談会の中で、在田さんは現地の人に触発されて防災意識が変わったといい、S・Jさんは成果報告会での悔しさをバネにゼミ活動に取り組んでいるといいます。そうした強い印象を残す実体験によって、学生たちは大きな学びを得たようです。また、山谷先生自身も、玄関までがひとつのハードルであるとは考えもしなかったと話しました。資料で学ぶのはもちろん大切ですが、自らがいろいろな体験を積み重ねることで、新たな気づきや課題解決への糸口が見えるのかもしれません。
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