わが社は顧客に何を提供する役割を担うのか?(秋 松郎さん)|100周年ビジョンコラム #05
組織や組織の構成員にとって、ビジョンを持つことの意味とは何でしょうか。多くの組織を見てきた中小企業診断士の視点から語ってもらいます。今回の執筆者は秋 松郎さんです。
私が経営相談を受けたことのある中小企業の事例をお話しします。
A社は機械工具販売の会社で、経営理念は「地域社会へ貢献し、社会に役立つヒトを育てる」です。5年前に先代の社長から息子さんに社長交代してから、新社長の経営ビジョンとして10年以内に売上2倍達成を目標に掲げており、新たに社員を4名採用し、現在は社長を含めて12名の企業です。従来の受注獲得活動は対面営業だけでしたが、新社長になってから工具のネット販売も始めています。
強みは、幅広い商品知識と技術サポート力、最短で8時間以内に納品を完了させる短納期対応力です。大手商社でも品揃えしていないニッチな商品も取り扱っており、技術サポートも得意なことから「困ったことがあればA社に相談すればいい」と地元で評判の会社です。
しかし、ネット販売では自社の強みをあまり活かせず、同業他社との価格競争に悩まされていました。また、ネット販売の担当社員に会社の方針を上手く伝えられず、売れるものは何でも取り扱うようになり、品揃えの面でも同業他社と差別化ができていませんでした。
社長は、ネット販売では顧客の顔が見えないため、会社の方針をどのように担当社員に伝えて「わが社らしさ」を出すべきか悩んでいました。
ご提案では、営業社員が口頭と行動力で伝えていた「わが社らしさ」をネット販売でも活かすためにはどうすればいいかを、営業とネット販売の社員が参加する場で何度も検討して頂きました。
そこから見えてきた結論は、『わが社は顧客に何を提供する役割を担うのか』を社員一人一人が意識することでした。A社の場合は商品そのものではなく「顧客サポート力」でした。
具体的には、ネット販売の登録会員向けに商品の使用方法のオリジナルテキストや説明動画の掲載、Q&Aコーナーの充実、顧客からの問い合わせに丁寧で迅速な回答を行うなど、顧客サポート体制の面で「わが社らしさ」を強く打ち出したのです。
また、営業とネット販売の部門間にいつの間にか「見えない壁」ができて、お互いの仕事に無関心な状況が生じていたのですが「顧客に喜んでもらえる価値を提供するためにはお互いの協力が必要」との気づきも得られたので、デジタル技術を活用した社内専用掲示板を導入して、属人化していた商品知識や技術サポート知識を社内で投稿・閲覧できる仕組みを構築しました。
この事例から学べることは、経営理念は、企業の存在価値を示すキーワードであり、経営ビジョンを実現するためには、自社の存在価値を見失わないこと、組織の3要素である「共通の目標」「貢献意欲」「コミュニケーション」が欠かせないことです。
特に社内のコミュニケーション不足は、社員の貢献意欲も阻害する危険な因子です。
社員や部門を増やす際には、縦割り組織の弊害を避ける為に部門横断的なコミュニケーションが行える仕組みを構築する必要があることを強く感じた事例でした。
わが国では、事業承継で社長交代を控えている中小企業はたくさんあります。
社長交代で新しい経営ビジョンを掲げ実践するには、経営理念に基づく「自社の存在価値」を見失わないこと、社員の貢献意欲を引き出すための組織体制(権限とルールの整備)と社内コミュニケーションの仕組みが大変重要です。
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執筆者略歴
大阪経済大学/中小企業診断士登録養成課程「企業再生」担当講師
秋 松郎(あき まつろう)
株式会社アクションプラン 代表取締役
(一社)大阪府中小企業診断協会 理事
理解・納得した