コラム

中小企業・経営研究所のはじまり——日本の中小企業研究の黎明期をけん引した中小企業経営研究所の開設。

中小企業・経営研究所の前身、中小企業経営研究所は、中小企業研究のメッカとして開設時から存在感を放ちました。日本で唯一の研究所として学問の発展に果たした役割をいくつかの側面から振り返ります。

中小企業研究の第一人者・藤田敬三博士が先導

1963年、大阪経済大学は中小企業経営研究所(現中小企業・経営研究所。以下、中小研)を開設し、日本の中小企業研究の先駆けとしてこの分野の発展に寄与しました。開設を主導したのは、藤田敬三先生です。藤田先生は、大阪経済大学の前身である戦前の昭和高等商業専門学校時代から、大阪商科大学(現大阪市立大学)教授と兼務して教鞭を執り、本学法人の理事も務めました。また、新制大学として認可を受けた後に専任教員となり、1960年、学長公選制による初の学長(第三代)に就任しました。

藤田敬三先生

中小研開設の背景にあったのは、中小企業基本法の制定と貿易自由化の動きです。戦後、大企業と中小企業との格差は広がり、経済の二重構造や我が国特有の家族労働者の比重が高い雇用構造の特殊性が社会問題として認識されるようになりました。そこで、中小企業の生産性や取引条件を向上させ、自主的な努力を支援することを通して、企業間の生産性格差を是正し、中小企業労働者の経済的・社会的地位の向上をめざす法律として、1963年に中小企業基本法が施行されました。

また、輸入を管理規制することによって国内産業の保護育成を図っていた日本の政策は、1950年代終わり頃から海外の批判を受けるようになり、1960年に政府は、規制を緩め国際競争力の高まった産業から順次輸入自由化する方針を示しました。このような状況下で、国内中小企業に、海外中小企業との競争が始まるという危機感が生まれました。

こうした中小企業を取り巻く環境の変化にどのように対応していくか。多くの中小商工業が立地する大阪にとって中小企業研究の深耕は社会的要請とも言えました。そのような折、戦前から中小企業研究の第一人者であった藤田先生が、下請制の本質についての論争などを通じて全国的にも名を知られ、その豊富な研究業績から関西における中小企業研究をリードする存在だったこともあり、本学に専門研究所開設の機運が高まります。1962年に藤田学長を委員長として準備委員会を設け、翌1963年、兼務の専任教員9人、専任事務職員2人という体制で中小研がスタートを切りました。

文献資料の網羅的収集で中小企業研究の沃野を開拓

中小企業研究に特化した大学附属研究機関は、当時、日本で唯一の存在でした。基本方針の一つとして掲げたのは、中小企業研究、中小企業に関する日本語文献資料の網羅的収集です。図書・雑誌から各種統計資料まで幅広く収集して、閲覧、複写、レファレンスサービスを提供、既存研究をサーベイできる環境を構築しました。1972年に『中小企業季報』を発刊し、中小企業研究論文、中小企業文献目録、その中から選んだ文献に関するレビューを掲載するなど、資料の収集・分類・整理だけでなく、解説・レビューにも取り組みました。これらが評価され、1978年には『中小企業研究 潮流と展望』が商工総合研究所・第4回「中小企業研究奨励賞」を受賞しています。また、文献目録は2011年から、『中小企業季報』は2015年からWebでも公開し、活用度を高め続けています。

『中小企業季報』。2015年からは電子化も行っている
『中小企業研究 潮流と展望』

この成果は、日本の中小企業研究者が総力をあげて取り組んできた『日本の中小企業研究』の刊行にも貢献しています。同書は、日本の中小企業研究の「成果と課題」「主要文献解題」「文献目録」を10年ごとにまとめたものです。2000年から2009年までをまとめた第4次の刊行まで、取り上げられている文献と文献目録は、主に中小研の文献目録に拠ったものでした。中小研が継続して行ってきた文献収集と目録作成事業の役割の大きさが、ここにも表れています。

学内外の研究者が集まるサロンとして人材育成を担う

中小研の研究活動においては、産官学連携による実践的課題への取り組みが際立っており、関西圏から隣接地域まで各自治体の依頼を受けて、製造業、卸売業や小売業など様々な業界へのフィールドワークに基づき、経営分析を行いました。中小研そのものが、中小企業研究を机上の学問で終わらせてはならないという、強いメッセージ発信の場でもあったのです。

特筆に値するのは、中小研が学内の共同研究機関にとどまらず、関西を中心とした中小企業研究者の拠点となっていたことです。1966年に藤田先生主宰の「関西中小企業研究会(以下、関中研)」が発足し、本学だけでなく他大学の研究者も集まるサロンとして機能しました。関中研などの取り組みとも相まって中小研のプレゼンスは高まり、開設20年後には中小企業研究のメッカと目される存在となっていました。1980年に日本中小企業学会が設立された際、翌年に開かれた第1回目の全国大会の会場が大阪経済大学であったこともその証左です。

産官学連携やアウトリーチ活動に新機軸を見出す

中小研は、1950年開設の産業経済研究所、1964年開設の経営研究所と統合され、1989年に現在の中小企業・経営研究所となりました。以来、東アジア、東南アジアなどアジア圏での中小企業ネットワークなどグローバリゼーションの進む時代の中小企業像について、多面的な研究を進めています。海外の研究機関との連携、国際シンポジウムの開催など活躍の幅も広がっています。

2013年には大阪産業経済リサーチセンター、2016年には独立行政法人中小企業基盤整備機構近畿本部と包括連携協定を締結しました。地域政策の立案、地域における中小企業やベンチャー支援などに中小研の知見を役立てることができるよう、積極的な連携を進めています。また、同年にはアウトリーチ活動となる一般向けの「中小研セミナー」をスタートさせました。同セミナーは、中小企業経営における具体的な問題について一緒に解決を見出していこうとする姿勢が一定の評価を得ています。

中小企業・経営研究所 開所50周年記念講演会の様子(2013年10月19日)
第16回漢陽大学校経済研究所との共同研究発表会の様子(2019年11月1日)

2020年度からは、企業支援に特化した「企業支援担当研究所員」制度を創設し、DAIKEI 2032に掲げる社会実践ビジョン「商都大阪の原動力になる」の実現に向けて、研究成果の実装や学術的知見に基づく助言など、研究所の特性を活かした中小企業支援に資する取り組みも始めています。

経済のグローバル化が進み、国境を越えた人の移動が活発化する中で、産業の国際的な競争はかつてなく厳しくなっています。この間、中小企業を取り巻く環境は、人々のライフスタイルや価値観の変化による消費者ニーズの多様化、SDGsの視点で見た持続可能な社会への移行や、IoTデバイスやロボット、AI、ビッグデータ、これらを結ぶ5Gなど、社会の在り方に影響を及ぼす技術革新によるサービス・技術の進化により、日々急速に変化しています。
こうした時代だからこそ、中小研が培ってきたライブラリー機能をどのように提供していくのか。また、学びの場としてのサロンが見直される中、大学の研究機関として研究サロン的機能をどのように再構築していくのか。中小研はこれらの課題に向き合い、社会実践ビジョンの実現に向けた活動を通して、大阪並びに関西地域を中心とした中小企業の発展を支えていく所存です。