コラム

日本経済史研究所ヒストリー(後編)——社会と世界とつながる研究所へ。時代に応じた経済史学の可能性を追究。

2023年に開所90周年を迎える日本経済史研究所。主な事業の変遷を振り返りながら、その歴史を俯瞰し、過去と未来をつなぐ経済史研究の果たす役割を考えます。開設当初から戦後の再出発までを概観した前編に続き、後編では1990年代後半から現在までの活動を、いくつかのトピックを中心に見ていきます。

開所70周年を区切りに未来へ羽ばたく

1990年代の後半から2000年代前半にかけては、2002年の開学70周年、2003年の研究所開所70周年を期して、21世紀を展望する新たな経済史研究をめざして活発な活動が行われるようになりました。1995年には戦前に行われていた研究会活動を「経済史研究会」として再開し、年に4回程度、定期的に開催。学外からも講師を招き、当初は大阪経済大学以外の大学も会場にするなど、積極的な活動が行われました。1997年には『経済史研究』を年刊として復活しました。経済史分野で日本初の学術専門誌を刊行した前身の事業を引き継ぎ、幅広い研究成果を世の中に発信しています。また、同じ年、『日本経済史研究所報』の発行を開始しました。

キャンパス整備計画により1998年3月にG館へ移転し、古文書室、共同研究室の設備を拡充しました。学内研究者による研究会活動、共同研究の活性化を図り、20世紀の出来事や文化的現象を様々な角度からとらえる「20世紀研究会」を開設し、1999年、この20世紀研究会の成果を中心に論文9本をまとめた『20世紀の経済と文化』(思文閣出版)を研究叢書の1冊として出版しました。また、ランチをともにしながら研究動向を共有する「昼食会」など、研究者同士の結びつきを深める場づくりにも注力しました。

1998年にG館に移転された当時の共同研究室(1998年~2010年)
研究会風景(1999年)

また、日本の社会経済史学の誕生・興隆に力を尽くした黒正先生の再評価も行いました。開所70周年記念事業のキックオフイベントとして、2000年に学術シンポジウム「20世紀世界における社会経済史学の誕生と黒正巌」を開催し、その内容を『社会経済史学の誕生と黒正巌』(思文閣出版)として刊行しました。2002年に『黒正巌著作集』(思文閣出版)全7巻、2005年には『黒正巌と日本経済学』(思文閣出版)を発刊し、黒正史学の全貌を世の中に紹介しました。

一方で、史資料の整理・公開も積極的に進めました。研究所が所蔵していた古文書の史料目録を発行するほか、収蔵史料の翻刻に力を入れ、尾張藩の飛脚問屋の史料「井野口屋飛脚問屋記録」全33冊を翻刻し、2001年から『飛脚問屋井野口屋記録』全4巻として順次刊行しました。その後も、本学図書館所蔵の杉田家(福井県)に関する約1万2千点を超える史料群を調査・整理し、2007年に『杉田定一関係文書目録』、2010年から『杉田定一関係文書史料集』全2巻として刊行するなどの成果を上げています。

様々なプログラムで社会とつながる研究所へ

研究活動の活性化とともに、一般向けの広報活動や地域貢献活動を充実させ、社会への発信を積極的に行うようになったのも開所70周年記念事業が立ち上がった1999年頃からです。1999年3月にホームページを開設、7月からは公開講座「寺子屋」をスタートさせました。当初、「寺子屋」は古文書など古い史料から経済史・経営史を学ぶという内容でしたが、近年は共通のテーマに基づいて経済史・経営史にとどまらない様々な事柄を歴史的観点から学ぶ講演スタイルへと形を変え、現在まで継続しています。

その後、2003年5月に作家・津本陽氏を招いて歴史講演会を開催、11月には複数の研究者による講演で経済史・経営史の理解を深めるための学術講演会を実施しました。これを端緒として、「春季歴史講演会」「秋季学術講演会」に夏の「寺子屋」を加えた3つの公開講座を一くくりにして、初代学長の名前をとって「黒正塾」と名づけ、定例行事として定着させました。2010年代に入ると、関西系企業など企業人の協力も増え工場見学など体験的なプログラムも加わるなどして、黒正塾は、年間延べ参加人数が1000名を超す地域の人々らが参加する人気講座となり、現在も様々な企画を打ち出しています。

「黒正塾」(2018年5月「春季歴史講演会」家近良樹名誉教授)の講演風景

「経済史文献解題データベース」の開発

戦前からの事業であった社会経済史・経営史と関わりのある著書・論文の解題は、『経済史文献解題』として1960年から研究所に引き継がれた基幹事業の一つで、毎年刊行されて広く研究者に活用されてきました。2001年度からは、デジタル環境の著しい発展に合わせて、さらに利便性を高めるデータベース化の検討を始め、2003年度文部科学省「私立大学学術研究高度化推進事業 オープン・リサーチ・センター整備事業」に採択され、5年間の計画で推進することになりました。

データベース化にあたっては、『経済史文献解題』の内容を検索できる日本語版に加え、外国語(主として英語)文献情報ならびに日本語文献の英語情報を海外から容易に検索できる国際版も並行して構築することをめざしました。利用者の利便性を高め、経済史研究を進めるための有意義な環境をつくるのはもちろんのこと、広く海外に日本の経済史研究の動向を発信するねらいがあったからです。2004年度にはシステムを完成させ、これまでの採録・編集に参加していた他大学の研究者の協力を得て、運用を始めました。2005年度にはWEB上で公開、2008年度からは英語で検索できる国際版システム“Bibliographic Database of Economic History”を公開して日本の研究を世界に発信する条件が整いました。また、過去に遡ってデータベースを構築する作業も2004年度から開始し、現在は、1955年に復刊した『経済史年鑑』第1冊までをWEBで検索することが可能となっています。また、データベースシステムを再構築した2021年8月からは日本語版と国際版を統合し、双方からより多くの文献情報にアクセスできるようになりました。

国際的な研究交流の推進

2000年代以降の日本経済史研究所は、過去と未来をつなぐ経済史研究に空間を超える視点を加え、世界の中の日本、アジアの中の日本という広い視野を大切にしながら経済史研究の発展に貢献してきました。2000年に韓国済州大学校附属博物館の研究者を招いたシンポジウム、2002年には中国、韓国から研究者を招いた大規模な農業史国際シンポジウムを開催。それ以降は、2003年に始まった経済史文献解題データベース事業で海外文献情報の収集を強化することになり、その環境づくりも含めて国際的な研究交流を活発に行うようになっていきます。

2004年頃から中国や韓国の研究機関との交流を積極的に行い、東アジアにおける経済史・経営史研究の情報交換を実施。その集大成として、2007年12月、中国の東北財経大学経済学院、ハルピン商業大学経済学院、韓国の高麗大学校亜細亜問題研究所、落星台経済研究所、江南大学校から研究者を招いて国際シンポジウム「東アジア経済史研究会」を開催しました。

2007年12月に開催された国際シンポジウム「東アジア経済史研究会」

近年は、国際的な研究交流がますます活発に行われるようになっています。2009年には上海社会科学院歴史研究所の研究者、2010年以降は隔年で台湾の国立成功大学歴史学系の研究者を招いて、近代における東アジアと日本の関わりをテーマに研究活動を進めました。特に、個々の歴史研究者の研究成果について時間をかけて議論できる場として、「経済史研究会」を重視。中国、韓国、台湾から研究者を招いた研究会も年を追うごとに増え、日本経済史研究を中心として経営史、社会史、政治史など関連分野での最新研究の発信基地をめざす場へと学術研究領域を広げてきました。
2018年8月には中国・復旦大学歴史地理研究所の中国国家社会科学基金主要プロジェクト「大阪産業部の近代中国および海上シルクロード沿線調査資料の整理と研究」に参加、2019年3月には台湾・国立政治大学歴史学部と研究交流協定を締結しました。

台湾・国立政治大学歴史学部との研究交流協定書

時代と共に多様化する研究活動

2008年からは、『経済史研究』が若手をはじめ多くの研究者にとって重要な研究発表メディアになることをめざし、査読体制を整えました。2012年1月発行の『経済史研究』第15号からは、掲載論文をホームページ上で公開。その後、投稿数は着実に増加し近年は毎号1~2本の投稿論文を掲載、中国、台湾、韓国の研究者からの寄稿も増加しています。2018年7月からは、科学技術振興機構の電子ジャーナルプラットフォーム「J-STAGE」に登載され、さらに知名度が高まっています。

2020年は新型コロナウイルス感染症のパンデミックの影響を受け、研究所の活動も縮小を余儀なくされました。それでも、2020年秋学期からはオンラインを活用して研究会を再開。黒正塾は、すべてのプログラムが中止・延期となったことから、番外編を企画し、社会実践講座(黒正塾番外編)として「日本の歴史からMMTを読む」をオンライン開催しました。これを機に2021年度は黒正塾も全てを中止することなくオンラインで開催し、活動を継続しています。

コロナ禍で企画された社会実践講座(黒正塾番外編)

また、2020年から経済史文献解題データベースの再構築に取り組み、2021年版から従来の分類方法にかわる新しい分類方法を採用しています。近年、新たな観点を取り入れた経済史研究の成果が増え、本データベースの特長の一つでもあった従来の独自の分類項目におさまりきらないことが多くなってきたのがその理由です。

今後も、大阪経済大学の個性を輝かせる存在として、時代の変化に応じた新たな経済史研究の可能性を追究し続ける日本経済史研究所の活躍に期待が集まっています。