個人投資家や販売会社の行動を分析し、より望ましい市場になるように貢献したい。

本学には、5つの学部、4つの研究科と社会人大学院があり、約180名の教員が学生の教育を行い、また自らの研究を進めています。今回の教員インタビューでは、2019年度に続いて2024年度の科学研究費助成事業(科研費)に採択された経営学部教授の大森孝造先生に登場いただき、研究内容や研究を通して実現したいことなどを伺いました。
研究ビジョン
知の“結接点”となる
分野や産学官民を問わず、国内外の多彩な知を集積し、それぞれをつなげる場を形成する
ことで、新たな価値を創出していきます。
お話を伺った方
大森 孝造 先生
大阪経済大学 経営学部経営学科教授。東京大学卒業、筑波大学修士課程修了、横浜国立大学博士課程修了。修士(経営システム科学)、博士(経営学)。大手信託銀行を経て大学で教鞭を取るようになり、2021年11月より現職。専門分野は金融やファイナンスで、特に資産運用や企業金融について研究を行う。著書に『証券辞典』(共著、金融財政事情研究会。2017年)、『年金運用のリスク管理戦略』(共著、東洋経済新報社、2010年)など。
信託銀行時代からファイナンスの専門家として活躍
――大森先生の研究分野について教えてください。
専門はファイナンス、お金の使い方を考えるものです。ミクロ経済学のひとつの分野で、会計学と対をなすような学問ですが、日本では会計学に比べるとやや馴染みがないかもしれません。簡単に言えば、儲かるところ、つまり価値が増えそうなところに投資して、価値を損なってしまいそうなところからは引き上げるようにする。それをうまく行えば社会・経済の成長につながります。
――その分野と出会ったきっかけは何だったのでしょうか。
実は、学部時代は理系で、量子力学などの物理学を学んでいたのですが、私の就職活動時(80年代後半)は銀行が理系の学生を採用しはじめたころで、まったく別の分野ながら飛び込んでみました。就職先は大手信託銀行です。信託銀行には銀行とは異なり、財産をお預かりして有価証券などに投資して管理する仕事があります。その代表的な顧客は、例えば年金基金です。私はそこで株式市場や金利などを調べて新しい運用サービスをつくる業務を担当し、調査を進める中で、誰にでも役に立つものがあれば論文や書籍として世に出していました。それが性に合っていたようで、気づいたら20数年経ち、専門家と言われるように。そして、大学で研究するお許しを得て今に至ります。
――ファイナンスを研究するおもしろさ、やりがいは何ですか。
やはり、現実社会につながっている点が興味深いです。特に経済学の一部であるファイナンスは非常につながりが強く、市場や社会の変化、ダイナミズムを感じられます。もし、市場で何か矛盾や不思議な現象が起きていたら、原因などを解明してより良くできるかもしれない。それがやりがいになります。
金融市場に見られる“不思議な現象”を研究
――今、どのような研究をされているのでしょうか。
投資信託の研究です。信託銀行に勤めていた時は、年金基金などの機関投資家を主な対象としていました。しかし、現在の研究テーマである投資信託は個人が売買するため、投資行動が大きく異なります。個人投資家の研究をしていると、不思議な現象に遭遇します。その一つの例が「利益の確定売り」です。
これは、100円で買った投資信託が200円に値上がりしたら、それを売って100円の利益を確定させる行動を指します。一見すると、この行動は自然に見えますよね。一方で、これから新規の投資信託を買う場合、上がってきたものと下がってきたもののどちらを選ぶでしょうか。多くの方は、上がってきた方を買いたくなると思います。つまり、「上がったものを売る」という行動と「上がったものを買う」という矛盾した行動があるのです。ある投資信託を買うまたは売るは、それが「将来上がりそうか、下がりそうか」で決まるはずです。すると、これは過去値上がりした投資信託の将来予想が、それを今自分が保有しているかいないかで逆になってしまったということです。でも、自分が持っているかいないかが、投資信託の将来成長に影響するはずはないですよね。
機関投資家は、もちろんこういった利益の確定売りはしません。しかし、個人投資家にはこのような行動が見られ古くから研究されてきました。私は、そうした矛盾した行動を研究して日本の投資家行動を理解したいと考えています。
――「金融機関の投資信託の販売行動に関する研究」が2024年度からの科学研究費助成事業(科研費)に採択されました。内容や独自性について教えてください。
この研究は、投資家ではなく販売会社や運用会社の行動に焦点をあてたものです。実は、販売側にも不思議な現象の要因があるかもしれないんですね。例えば、何の前触れもなくいきなりあるファンドの売り上げが伸びることがあり、こうした現象は販売会社の行動が背景かもしれません。投資信託市場のプレイヤー研究において、投資家側の研究は多いのですが、販売会社側の研究はあまりありません。そこにオリジナリティがあり、採択の要因になったのではと考えています。私は信託銀行で投資信託の商品開発・販売にも関わっていたため、販売側の事情にも多少勘が働くこともあり、何か新しいことができるのではないかと思っています。
――そのテーマを選ばれた理由を教えてください。
先に述べたような不思議な現象と販売会社の経営状態や市場環境の関係を分析することで、より望ましい市場制度につながればと考えました。例えば、急激に販売が伸びたファンドは、その後のリターンが悪化するケースがあります。それは、将来性に期待して買ったのではなく、何か別の要因でみんなが買って価格が押し上げられ、みんなが買わなくなったら下がったのでしょう。個人投資家が主体的に判断して売買しているのであればそれでも問題はありませんが、そうとも言い切れません。背景を明らかにすることで、投資家のより望ましい判断につながる情報開示のガイドラインや販売会社のルールを策定する役に立てればと研究を進めています。

ますます重要になる投資の分野で研究を深めたい
――最近、投資信託はとても身近になっています。先生の研究は今後ますます重要になるのではないでしょうか。
今、国も積極的に投資信託を推進しています。少子高齢化によって将来は年金が減るため、自分で備えないといけなくなります。その時、個人で株を買うのは専門的な知識も必要ですしリスクもあることから、分散投資が可能な投資信託の方が向いています。より多くの人たちにとって、選択肢のひとつとして投資信託が注目されるようにならなければいけませんが、そのためには投資家側・販売会社側の両方に見られている不思議な現象をなくしていく必要があります。もちろん、投資の世界では損失を被るリスクはなくなりません。しかし、誰もが負担できるリスクの範囲で投資ができ、その結果、多くの方が資産形成を実現できるようになってほしいと思っています。
――研究のアプローチ方法や進める上で大切にしていることは何ですか。
販売会社の行動を研究する場合、まとまっていて使いやすいデータがなかなかありません。そこで、会社四季報や有価証券報告書、金融機関のウェブページ、新聞記事、訃報など、さまざまな情報を集めて、販売会社の状態と行動の関係を探っています。ショートカットがある訳ではないので地道にやりつつ、同分野の研究者と議論しながら進めています。一人でロジックを組み立てていると行き詰まることがありますが、そんな時に他の研究者と話すと、まったく違う角度から思わぬ発想を与えてもらうことがしばしばあるんです。「そういう“遊び”を入れてもよいかも」などと、新たな視点が得られて刺激になります。こうした議論を交わせる研究者ネットワークは得難いものです。その中に身を置けることを幸運と思います。
――今後追究したいテーマについて教えてください。
今後も投資運用の分野で研究を進めていきたいです。金融市場を相手にしていると本当に変化が早いと感じます。投資信託が身近になって投資家層も変わっている今、テーマは尽きません。私は、投資家や販売会社の行動だけでなく、規制についても研究しています。例えば、2017年に金融庁が示した「顧客本位の業務運営に関する原則」では、販売会社や運用会社に対し「顧客のためにきちんと仕事をしよう」ということを求めました。それによって販売会社や商品はどう変わったかなど、その影響を分析しています。このように、さまざまな側面から今ある課題を明らかにし、市場の健全化や発展に寄与することが私の務めです。研究者なら皆さん同じかと思いますが、研究を通して社会の幸せに貢献できればと考えています。
Hints for SOUHATSU
創発につながるヒント
研究にショートカットはなく、地道にやるしかないという大森先生。最新の統計手法やAIなどの活用は前提ですが、その上で、同じ分野の研究者たちと忌憚のない意見を交わすと道が開ける場合があると話しました。それは、研究者に限らず、学生、職員にとっても同じことで、他の誰かと話すことで課題が整理されたり、フレッシュな視点を得られたりします。そして、人と人との交流から芽が出て“知の結接点”となり、やがて新たな知や成果が生まれるかもしれません。
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