コラム

とある居酒屋にて -経営理念について考える-(風谷 昌彦さん)|100周年ビジョンコラム #03

組織や組織の構成員にとって、ビジョンを持つことの意味とは何でしょうか。多くの組織を見てきた中小企業診断士の視点から語ってもらいます。今回の執筆者は風谷昌彦さんです。

このコラムでは、私の日々の生活の中から「経営理念」について少し考えたいと思います。

ある日、企業先での仕事が夕方に終わり、友人と2人で食事をしようと訪れた居酒屋でのことです。
「今日はどこで飲むの?適当に店を選んでよ。」
「そうだねぇ・・。お、あそこに良い店があるぞ。なかなかいい店構えだ。」
「本当だね。入口に盛り塩がしてあるし、コロナ禍でも頑張ってるねぇ。」
「じゃぁ、ここにしよう!」と暖簾をくぐると、
「いらっしゃいませ。」と女将さんらしき人の元気な挨拶。

店内はテーブルとカウンターがあり、どちらも密にならないように工夫されています。足を踏み入れるといつもの職業病で、ついつい整理、整頓をチェック。友人も満足顔だったので、さっそくテーブル席へ。

「まずはビール。それと今日のおすすめは何?」案内してくれた女性の店員に聞くと、さっとテーブル席にあるおすすめメニューを広げ、丁寧な説明が始まりました。
そのうえで、早くできる料理や食べるのに無理のない量についても教えてくれました。

注文すると、料理と取り箸が併せて運ばれてきて、コロナへの配慮も利いています。
そろそろ最初のビールもなくなり「お酒、お代わり~。料理に合うおすすめのお酒はあるの?」というと、奥から料理長の店主が数本のお酒を持って登場。料理と私たちの好みを確認したうえで、お勧めのお酒を選んでくれました。

「料理も美味しかったし、今日はいい店に出会ったねぇ。」とほろ酔い気分の中、満足して店を出たことはいうまでもありません。皆さまもこの居酒屋をいい店だと思いませんでしたか?

ここで質問です。
この店はなぜ、様々なところに気遣いのある良い店になったのでしょうか?

店主がこだわっているからというのは間違いありませんが、そのこだわりの中に、お客様に喜んでもらえるような店になりたいという思いがあったのだと私は思います。そして、店主の思いは従業員にも伝えられていて、共感を得ているのです。

こういったことは、接客を受ければ分かります。経営者の思いの下で事業活動が実践されていると、その結果が現在の居酒屋の運営となって表れるものです。この事業運営の根本にある考え方が、まさしく経営理念と呼ばれるものなのです。

この経営理念ですが、一昔前は、額に入った文章が事業所の壁に飾られているのをよく見かけました。しかし、これでは従業員1人ひとりに伝わりません。
そのため現代の企業では、経営理念という言葉の中に、理想とする企業像を掲げるとともに、この理想を実現するために企業がおこなうべきミッション(使命)を定め、さらにこのミッションを実行する従業員に対して、行動指針や行動規範といわれる守るべき行動の基本が示されます。これは、従業員が何か判断に迷った時の拠り所となるものです。

例えばある企業では「正しさへのこだわり」といった価値観を示し、「高い倫理観を持った地球市民として行動します」という行動規範が掲げられています。これにより、事業活動が単なる利益追求ではなく、社会通念上において正しいという価値観の下で、社会に貢献する行動を従業員に求めていることが分かります。

以上のことから、経営理念は大変重要であることがご理解いただけたと思います。組織を構成する人数の多少にかかわらず、企業は社会的な価値がなければ存続できません。だからこそ社会に価値を提供できる経営姿勢が必要なのです。

私の仕事の一つは企業の社会的価値を見つけることです。言い換えれば、企業の経営理念を知ることだと思っています。今ほど経営理念が重要な時代はありませんし、今後ますます重要となってくるでしょう。企業の経営理念に興味を持っていただければ、企業の見方も変わるかと思います。

そして、もし良いお店を発見されたときは、私にご連絡ください。早々に訪問し、その企業の経営理念を体感したいと思います。

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執筆者略歴

大阪経済大学大学院非常勤講師

風谷 昌彦(かぜたに まさひこ)

(一社)大阪府中小企業診断協会 前理事長