インタビュー

ハードルの高い研究をやり遂げてもらうために、教員と学生、学生同士のつながりをしっかりつくりあげる。

人間科学部スポーツ科学コースでは、4年次の各ゼミから選ばれた優秀な卒業論文をプレゼンテーションし、その中で最も評価の高かった論文を最優秀論文として表彰しています。昨年度、最優秀論文賞に輝いた「大学男子柔道選手の試合に向けた短期間の減量が身体的、心理的コンディションに及ぼす影響について」は、江藤幹准教授のゼミ学生、大隅天眞さんと五十嵐隼さん(いずれも2023年3月卒業)の力作です。優れた卒業論文は、どんなゼミ活動から生まれるのか。江藤先生に、卒業論文指導で心がけていることやゼミ運営の方針について伺いました。

お話を伺った方

江藤 幹さん

大阪経済大学人間科学部人間科学科准教授。筑波大学人間総合科学研究科スポーツ医学専攻博士課程修了。博士(スポーツ医学)。専門分野は、健康支援、減量指導、健康科学、スポーツ科学、体育、身体教育学。日本健康支援学会優秀論文賞受賞。

まず学生一人ひとりを理解する

江藤ゼミには、最優秀論文賞ばかりでなく、学会発表するようなレベルの研究に取り組む学生もいるそうです。「でも、うちのゼミの学生には部活動に力を入れる人が多く、研究志向は決して高くはないです」と江藤先生。学生に研究への興味を抱かせるために、どのような指導を心がけているのでしょうか。

「まず一つは、学生一人ひとりを理解し、学生に合ったフォローを心がけています。3年次のゼミに入ってきた段階で個人面談をするのですが、話をしてみると成績や授業態度だけからだけでは見えないものが見えてきます。たとえば、授業にもゼミにも消極的な感じに見えた学生が、実はただ周囲から頼られたり人に教えたりするのは性に合わないだけだったとか、スポーツ一筋みたいな学生が小説を読むのが好きだったとか。それぞれの性格も考えながら、得意なところを引き出すようなアドバイスができればと思っています」

そうして学生との関係をつくり、研究に必要な指導をきちんと行う基盤をつくるのが江藤先生のスタイルです。3年次のゼミでは、卒業論文のテーマを見つけ研究計画を立てるまでが目標。春学期は、自分に興味のあるテーマの中で査読付きの学術論文(原著論文)を選び、読み込んでその内容をみんなに紹介します。そのプロセスを通じて論文を探す力・読む力を身につけ、テーマの発見に導きます。

「論文を読むのもテーマを探すのもかなりハードルは高く、特に自分のテーマを見つけるのは卒業論文を執筆するうえで一つの山場です。うまくいかなくて、『何でもいいからテーマを教えて』みたいな感じになってしまう学生もいます。でも、自分で見つけるところに意味があるので、こちらも厳しいことを言う。何度もやり取りしながら、ようやく壁をよじ登っていく感じでしょうか」

助け合うゼミが「居場所」になる

学生にとっては厳しいゼミですが、一方で、誰かが壁にぶつかっていたら助けてあげよう、自分の卒業論文さえ書けたらいいというのでなく、みんなで一緒にやり遂げようという気持ちを盛り立てるようにしているそうです。「横からアドバイスしたり、フォローしてくれる仲間がいると、高い壁もクリアできたりするもの」と江藤先生は話します。

同時に、「周りに助けてもらえる人になることも重要」だと江藤先生は言います。能力を超えたことをしなければならないなら、自分からコミュニケーションを取って、誰かに手伝ってほしいと言うことが大事。できないとあきらめず、助けてもらって自分一人ではできなかったことが成し遂げられる経験をたくさんしてほしいと話します。

自然に誰かが手を差し伸べる雰囲気ができるよう、ゼミのスタート時にはアイスブレイクになるレクリエーションや連絡先の交換など横のつながりを持ってもらう環境づくりに配慮しているそう。厳しいゼミだからこそ、それを乗り越える体験を通してみんなの「居場所」になれるのかもしれません。

卒業論文発表会の様子

人に伝える文章を書くスキルを指導

研究計画を立てると、いよいよ実験データの収集など研究活動のスタートです。学内外でデータを収集する際の連絡や調整なども学生本人に任せます。データ分析の仕方がわからなければ一から指導。そうして何とか自分たちの成果と言えるものを蓄積していきます。
一通り研究が終了すると、それを論文にまとめる作業が、もう一つの大きな山場だと江藤先生は話します。

「背景、方法、目的をきちんと押さえるといった論文の書き方の基本は、全員に身につけてもらうよう指導します。また、言いたいことを人に伝える文章を書くことを学んでほしいので、結構丁寧に指導を入れます」
提出された原稿を読んで、きちんと朱を入れてゼミまでに返却。ゼミの日は、修正、調整など論文と格闘する学生にとことん付き合います。

「学生に応じたやり方も必要です。あまり文章を書くのが得意でない人には、まずはプレゼンテーション資料から作って構成の骨組みをつかんでもらいます。『1スライドが1段落と考えてみようか』というような形で、構成の仕方から教える場合もあります」

学生の光る部分を引き出すのが卒業論文

江藤先生が、このような非常に丁寧な卒業論文指導を行うのは、どのようなねらいがあるのでしょうか。

「まず、学術的な視点や考え方を理解し、自分の成果としてまとめることができて初めて学士力が身についたと言えるからです。人生の中でやりたいことを始めたり問題を解決したりする時に、研究を通じて得る、客観的に物事を分析したり筋道を立てて思考する力、自分の考えをうまく伝える力はとても重要になると思います。

もう一つは、卒業論文への取り組みが、学生の持っているものを引き出すと思うんですね。学会発表をする学生はもともと成績がいい人ばかりではないし、卒業論文に挑戦して初めていろいろ調べるようになるなど、光る部分が出てくるような学生もいます。成長の場としても大きな価値があると思っています」

「大学卒って何なのか、卒業論文を通してちょっとこだわって伝えています」と話す江藤先生

着任した最初の年、ゼミの学生が話してくれたことが、江藤先生の心に今でも残っているそうです。
「教職に力を入れる他大学に進んだ同じ高校の友達が、教育実習で自分より評価されていたことがショックだったというんです。より偏差値の高い大経大に入学して頑張って勉強したのに、なんでこうなったのかと。そんな思いをする学生が一人でも少なくなるように、学生が成長できる場を教員や大学が用意してあげなければと思うきっかけになりました」

学生が求めていることをやっているのか

情熱をこめて卒業論文指導をしてきた江藤先生ですが、一方で、こんなゼミのやり方でいいのかと、迷いを感じることもあると言います。
「もしゼミで何も身につけなかったら就職してから苦労するから、としっかり卒業論文を仕上げてもらっているわけですが、それはいわば勝手な心配とも言えます。本当に学生が求めていることなのか、熱量の押し売りじゃないのかと考えてしまいます」

大学が求めている人物像が、今の社会が求めている人物像かどうか実感としてつかめないこともあるそう。教員同士や教員と職員、あるいは外部も交えた連携が必要とされているところなのかもしれません。

迷いがあった分、前述の最優秀論文に選ばれた学生がとても喜んでいたのが、うれしかったそうです。他のゼミ生も「やっぱり僕たち頑張っていたもんな」と納得できた、充実のゴールになりました。

ともあれ、2年かけて卒業論文と向き合い「自分たちの研究」をまとめた経験が、大きな成長につながっているのは確かなことでしょう。
「学生たちには、『論文をたくさん読んで、この分野についてすごく調べたよね』『チャンスを与えられれば、あなたはこんなにできるんだよ』と話します。今までやってきたことに、自信を持ってもらいたいと思っています」
それが、その先の人生でさらに学び続けるための糧になっていくのに違いありません。