PBLを真の「学び」にするために、学生一人ひとりのいいところを引き出し成長につなげる。
近年、どこの大学でも取り入れられるようになってきたPBL(Project Based Learning)は課題解決型学習とも呼ばれ、学生が主体的に学び自ら課題を発見する能力を身につける教育法です。経営学部の江島由裕先生が指導するゼミでは、PBLの概念がまだあまり知られていない頃から20年近く、企業などとの協働によるさまざまなテーマのPBLに取り組んできました。学生のインプット、アウトプットを高めるPBLにつながる運営・指導のヒントを、江島先生に伺いました。
お話を伺った方
江島 由裕さん
大阪経済大学経営学部経営学科教授。米国ピッツバーグ大学大学院公共・国際事情研究科 修士課程修了。公共・国際事情修士(MPIA)。上智大学 博士(経営学)。専門分野は、アントレプレナーシップ、中小企業経営、中小企業政策。日本ベンチャー学会清成忠男賞など受賞多数。
成功体験を積み重ね自己肯定感を高める
江島先生は外部の企業や政府・自治体などから委託されて調査研究をするコンサルティングの仕事を経て、本学の教員に着任しました。「自分がやってきたプロジェクトの学生版をやってもらったら、学ぶものも多いのではないか」と考え、2年次の秋学期から翌年の春学期までの1年間かけてプロジェクトに取り組んでもらうことにしたといいます。
プロジェクトの内容は、協力企業の事業や商品・サービスなどの問題点の洗い出しや市場の調査・分析を行い、課題を解決し提案を行うこと。これまで取り上げたテーマは、「人気ラーメン店の調査」のほか「オーガニックコットンの商品化」「ゲストハウスの魅力アップ提案」「地域のキラッと光る一品プロジェクト」など非常に多彩です。どうやってテーマを選んでいるのでしょうか。
「学生が成長できるかどうかが、最も重要な基準です。毎年ゼミに所属する学生がどんな意欲や希望を持っているのかを見極めたうえで、テーマやアプローチを含めプロジェクトの内容を決定しています。もちろん、外部からプロジェクト参加のお誘いを受けて、それに乗るという場合もあるんですけどね。
学生の成長にとって一番大事なのは、知識以上に成長のベースとなる自己肯定感の向上だと思います。うちの学生だけでなく、今、日本の若い人の自己肯定感が低下しているなという印象が少しあるんですよね。そのためにも、周りと協働しながら、小さな成功体験を少しずつ積み重ねていくことが重要だと思っています。自分たちはやればできる、努力をすれば必ず結果が違ってくるということを感じてもらえるような、少し負荷のかかるプロジェクトを選択しています」
目標の見える化がモチベーションにつながる
江島ゼミでは当初、プロジェクトのゴールを「ZEMI-1グランプリ」優勝や「学生奨学論文」入賞などに置いていたといいます。学生のモチベーションを高めるためにはわかりやすい目標が大切だというのがその理由。「ZEMI-1で優勝しようと思ったら、自分たちのできる精いっぱいまでエネルギーを投入しないといけないことを体感してほしかったんです。実際、今まで2回優勝するなど好成績を収めており、学生たちも自信をつけることができました」と江島先生は話します。
しかしその後、江島ゼミは少し方針を変更することになります。
「学生が成長できるプロジェクトをやるという方向性は同じですが、ZEMI-1などのコンテストを目標にすることはやめました。プレゼンテーション技術の向上ばかりに気を取られ、学習内容の深い理解ができているのかが気になったからです」
その代わり、プロジェクト活動の中で外部の人とコンタクトを取る時間をより充実させるようになりました。たとえば、価値があるのにまだ知られていない日本各地の商品や店などを学生が発見し消費者に紹介する「キラっと光る一品」プロジェクトでは、あべのハルカスや東急ハンズで行われたイベントに参加し、魅力的な商品や観光資源をパネルや商品見本で紹介するとともに来場者へのプレゼンテーションでアピールしました。「実際にお客さんに接してPRのダイレクトな反応を知り、マーケティングのヒントを数多く発見できたようです」と江島先生は学生の得た成果を振り返ります。
また、2023年度は学生が連携企業の課題を見つけ、調査研究を行って提案につなげる「かちぞうzemi」という活動に参加しました。ほぼ毎週行われる連携企業とのミーティング、調査項目の設定、複数の企業を対象とするインタビュー調査など、かなりレベルの高いコミュニケーション能力や企画調査力が求められるプロジェクトでした。「それらを学生たちがやり切ったことで、彼らの潜在力を改めて感じた」と江島先生。参加した江島ゼミ3チームのうち、2チームが敢闘賞とグランプリを受賞。残る1チームも「受賞に相当する頑張り」を見せたそうです。
こうした活動はより本質的な学びにつながる反面、わかりやすい目標が設定しにくいためにモチベーションが上がりにくいというデメリットがありそうです。
「そうですね。だから、何のためのゼミ活動なのかを、しっかりと見える化することにしました。一番の目標は『成長する力をつける』こと。成長する力をどうやって身につけるかというと、『徹底して考える』『汗をながして行動する』『チームで協働する』『専門性&知的好奇心を高める』の4つの指針をゼミの約束ごととして定め、学生には常に意識してもらっています。
それに加えて、ゼミの最初の顔合わせの時に一人ひとりが自分の1年間の目標をみんなの前で発表します。『私はこれをやります』と宣言することで言葉に魂が込められ、必ずや実現するという気持ちになる、この考え方にちなんで『言霊宣言』と呼んでいます。みんなの言霊を書いた紙を教室に貼り出しているので(今はデジタル化)、誰がどんな目標を持っているかどんなキャラクターなのかよくわかり、チームのメンバー同士の理解が進み親しみやすくなるという効果もあります」
プロジェクトの価値は結果ではなくプロセス
成長のエンジンとして大事なのは、共通の目標を設定することだけでなく、「一人ひとりの個性に寄り添うこと」だとも江島先生は話します。
「表に出ているキャラクターや外見だけではわからなくても、誰もがいいものを持っています。それをうまく引き出してあげることが重要です。いいところが表に出てくるような役割を与えたり、問題があったら一緒に考えたりとか。企業との協働プロジェクトにおいても、プロジェクト自体の成果だけでなく、個々の学生が課題にどう向き合い、そこで何に気づき、どのような行動をとったのか。彼らの活動にスポットライトをあて、その良さとポテンシャルを伝えます」
また、企業とコラボすることが多いPBLの取り組みでは、企業と学生のペースがうまく合わないこともあるといいます。学生からなかなか成果が上がってこないことにイライラしている企業の人たちを見ると、つい学生の手助けをしたくなることもあるそうです。
「でも助言を与えすぎると学生の学びになりません。かといって、放っておいて企業の満足いく提案にならなくて、学生にとってネガティブな経験になるのも問題だしなと、毎回、結構悩みます」という江島先生ですが、「かちぞうzemi」では新たな気づきがあったと言います。
「連携企業からは明確な指示がないことも多く、学生には企業の意図を読み取りにくい場面も数多くありました。そこで私が企業の意図を再解釈して学生に伝え、彼らが納得するまで話し合うという方法でサポートしました。あくまでも彼らが腑に落ちることを優先させるので、アウトプットが必ずしもきれいな課題解決の提案になるとは限りません。
しかしたとえいい結果が出なくても、そこまでのプロセスで学生が悩んで考えを深め、気づきを得たことが、彼らの成長、能力の開発につながったはずです。学生たちには、『君たちは良いものを持っていると証明された。どんなプロジェクトも次に生かす、自分に生かすことが大事。自信を持って今後のキャリア、人生につなげてほしい』と少ししつこいほど伝えています」
江島ゼミが目標とする思考する力、行動する力、協働する力は、「社会に出てからも必ず役に立つ、自らの人生を幸せに生きるための実践力」だという江島先生。PBLによって学生の成長を引き出すその手腕が今後も期待されます。
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