高齢者とのコミュニケーションを通して地域課題と向き合う。「スマホ講座&スマホサポーター養成講座」
人間科学部・髙井逸史教授のゼミでは、コロナ禍におけるコミュニケーションの減少を緩和するための取り組みとして高齢者を対象としたスマートフォン講座を実施。当初は大阪経済大学がある大阪市東淀川区を中心に活動していましたが、ニーズの高まりを受け、堺市泉北にもエリアを拡大。さらに、学生だけでなく地域住民の中から受講者に操作方法を指導するスマホサポーターを養成するための講座をはじめるなど、活動の幅も広げています。これらの取り組みは、堺市や南海電鉄と連携することで長期的な運営をめざしています。今回、髙井教授と堺市政策企画部の東大工さん、南海電鉄まち共創本部の日高研二郎さんをお招きして、山本俊一郎学長が取り組みの背景、実施の目的についてうかがいました。
お話を伺った方
髙井 逸史さん
人間科学部教授。「健康寿命を延ばす地域包括ケアシステムの構築」を研究。堺市泉北ニュータウンの地域づくりや高齢者を対象にした、多様なスマートフォン講座に取り組む。
東 大工さん
堺市市長公室 政策企画部 先進事業担当。スマートシティの取り組みを実施する部署でスマホサポーターによるスマートフォン講座に取り組んでいる。
日高 研二郎さん
南海電気鉄道株式会社 まち共創本部 泉北事業部所属。南海電鉄が提供するヘルスケアアプリ「へるすまーと泉北」事業に携わる。
高齢者の輪を広げるスマートフォン講座
学長 髙井先生は東淀川区で高齢者を対象にしたスマートフォン講座(以下、スマホ講座)を学生と共同で開催され、現在は堺市で操作方法を教えるスマホサポーターの養成も行っています。まずはスマホ講座が発足した経緯を教えてください。
髙井 2020年コロナ禍の中、高齢者が外出を控え人との交流を制限するとどういった健康被害が生じるか、3年生のゼミ生と検討しました。外出せず人とつながることができれば、健康被害を少しは予防することが可能かもしれないという話題から発展して「家族とスマートフォンでつながっていることの有益性」について話していたことがプロジェクト発足のきっかけです。その中で高齢者の方がスマートフォンを使いこなせるように我々で講座をやろうという話が持ち上がり、東淀川区の地域課に開催の相談をしました。当時はコロナ禍に突入して間もなかったこともあり調整に難航しましたが、11月と12月の2回、ご協力いただける地域に学生を連れてスマホ講座を開催しました。
学長 高齢者の方にとってスマートフォンは生活の必需品である一方、多機能ゆえに使用のハードルが高いという印象があります。講座を実施した反響はいかがでしたか?
髙井 おかげさまで、参加者のみなさまには、たいへん喜んでいただけました。次年度には東淀川区の社会福祉協議会から「大事な取り組みなので、ぜひ一緒に取り組ませていただきたい」とお声がけいただけて。2022年4月には、この東淀川区とは別のプロジェクトで、私がかねてから携わっている泉北ニュータウンのまちづくりの一環としてスマホサポーターの養成講座を実施しました。これは、私や学生たちが教えるのは、時間的にもマンパワー的にも限界があり、継続的にスマートフォンの使い方を教えられる人が地域に必要だろうということで始まった取り組みです。堺市・新檜尾台で開催された第1回目の講座には、たくさんの方が集まってくださいました。
学長 当初の活動範囲であった大阪経済大学の周辺から大きく範囲が広がりましたね。スマホサポーターの養成は、どのようなカリキュラムで行われるのでしょうか。
髙井 90分の講座を2コマ受講していただき、修了後に認定証を授与しています。講座では、講師としてスマートフォンの操作を専門的に教えておられる方をお呼びし、学生にもサポートで入ってもらいました。
東 髙井先生に10年以上にわたって泉北のまちづくり、地域活動に携わっていただいております。そのため、我々としても安心してお任せできるということで、2022年度には、堺市健康寿命延伸産業創出コンソーシアム(SCBH)の事業の一環として補助金を活用してスマホサポーター養成をやっていただくことになりました。この事業を継承しつつ、2023年度にはSENBOKUスマートシティコンソーシアムと髙井先生が連携して取り組む「スマホサポーターによるスマホ出前講座」に発展し、同じ年代の方同士で教え合う仕組みを考えてくださったことは地域コミュニティ形成の観点から見ても非常に価値が大きかったです。
偶然の出会いからはじまった、南海電鉄との連携
学長 日高さんが所属する南海電鉄の「まち共創本部」と髙井先生の出会いについても教えてください。
日高 私たち南海電鉄は、まち共創本部で開発した「へるすまーと泉北」という泉北ニュータウンに特化したヘルスケアアプリを2022年4月にリリースし、これをスマホ講座の中で紹介し、地域住民のみなさまの健康管理に役立てていただきたいと考えていることを髙井先生に相談したことでご縁ができました。「へるすまーと泉北」をインストールすれば、歩くたびにポイントが貯まり、このポイントを一部の商業施設のクーポンや泉北高速鉄道の切符(デジタルきっぷ)として使用することができます。スマホを使ってシニアの方々の暮らしを豊かにしたいという思いは、我々も、髙井先生も、堺市も一緒だと感じましたので、ぜひ協力させていただきたいとお願いしました。
髙井 「へるすまーと泉北」をリリースされた時に南海電鉄さんが泉ケ丘駅前の広場で体験イベントを開催されていて、私も見学にうかがったんです。ところが、参加された方々が情報の入力に手間取っていたり、スマホを使いこなせていない様子を目の当たりにしました。それなら、うちの学生たちがスマホの使い方を教えるのが良いのではないかと思い、その場でイベントを担当されていた日高さんに話しかけたところ、意気投合したわけです。実はその日、私は別のイベントに登壇する予定だったのですが諸事情で中止になってしまって。それで、気になっていた「へるすまーと泉北」のイベントに足を運んだわけです。日高さんとの出会いは偶然の産物でした。
学長 奇跡的な出会いですが、お話をうかがっているとお二人が出会うことは必然だったようにも感じます。異なる立場の人が対話する中で新たな展開が生まれるのも、創発の一つの形ですよね。
日高 本当に、髙井先生との出会いがあったことで私たちも現在のような取り組みができています。髙井先生からは泉北でのスマホ講座の開催にあたって、大阪経済大学だけでなく周辺地域の学校にも協力を仰ごうとご提案いただき、泉北高校、大阪健康福祉大学の学生からもサポートを受けることができました。
髙井 南海電鉄と共同開催したスマホ講座は大人気で、まずは30人参加の講座を3回実施したのですが、いずれも満員となりました。
日高 その後、定員オーバーで参加できなかった人への対応として、髙井先生と出会った泉ケ丘駅前の広場で青空スマホ教室も開催したのですが、そちらも大量の椅子を並べ順番待ちしないといけないほどたくさんの方が参加してくれました。
世代を超えた対話から生まれる新たな学び
学長 スマホ講座の内容について、もう少し詳しくうかがいたいと思います。講座は、毎回どのような形式で行われているのでしょうか?
髙井 こういった講座の場合、1人の講師と複数の受講者という形式が多いのですが、我々は2020年の活動当初からマンツーマンで受講者に対応し、じっくり教えることをモットーにしています。受講者の中には聞きたいことをびっしりとメモに書いてこられる方もいて熱意が感じられますね。もともとLINEの使い方を教えるための講座だったのですが、電子マネー等についても教えてほしいという声があり、都度、私や学生たち、それに他のスマホサポーターの方々に入ってもらって対応しています。
東 スマートフォンの悩みは、写真の消し方がわからないとか、音楽の聴き方がわからないとか、人それぞれでまったく違います。髙井先生のように一人ひとりのニーズに沿って対応していただけるのは本当に助かります。
学長 スマホ講座に参加した学生たちは成長したのでしょうか?
髙井 この取り組みをはじめた主な目的は、学生たちのコミュニケーション力を伸ばしたかったからです。世代の異なる方々との会話は、コミュニケーション力を育てるのに大いに役立ちます。しかし、これまでは学生が地域に赴いて高齢者と関わるケースは皆無でした。スマホ講座では、学生たちがマンツーマンで高齢者と話すので、教育効果はすごく高い。実際、学生たちは最初こそ戸惑っていましたが徐々に慣れてきて、今の3年生などはとても上手に教えてくれます。学生たちがiPhoneを多く使っているのに対し、高齢者の方はAndroidの使用率が高いので、事前にAndroidの操作方法を予習して本番に臨むなど、自主的にいろいろな準備や工夫をするようにもなってきました。
東 学生が講師の場合は、受講者の方からすると孫に教えてもらっているような感覚かもしれません。しかし、実際のご家族だと近しい存在であるがゆえに、逆に丁寧に教えてもらえないということもあるように思います。その点、スマホ講座では、ざっくばらんな雰囲気ではあるものの講師が学生の場合は教えることを目的に来ていますし、講師が同年代のサポーターの場合であれば、教えることの喜びや自信のスキルアップを図ることを目的に来られ、どちらも意欲が高いことで、しっかりと学べる環境が自然とでき上がっていると思います。
学長 受講中の雰囲気はどんな感じですか。
髙井 スマートフォンの操作方法を教えることが目的ではありますが、基本的には雑談しながら和気あいあいと進めています。コロナ禍で人との関わりが希薄になっていた時期だったからこそ、こういった取り組みで閉鎖的な空気を緩和できればという思いもありました。
東 講師が学生の場合は、「学生さんが教えに来ますよ」ということをお伝えすると受講を希望される高齢者が同年代のお仲間に声をかけて集ってくださり、それが一つのコミュニティになるんです。また、講師が同年代のサポーターの場合であれば、同年代ということもあり、我々が現場に到着して講座を始める前から参加者同士で情報交換が行われているという場面も多々ありました。
日髙 みなさん夢中になって聞いてくださるので、「水分補給など、適度に休憩を挟んでくださいね」とお願いしています。ただ、その呼びかけもスマホに夢中でみなさんの耳に届かないことが多いです(笑)
学長 学生にとっても教えるだけでなく、高齢者の方々からさまざまなお話を聞くことができ、貴重な機会になりそうですね。高齢者同士のコミュニティ活性化にもつながりますね。
高まるスマホ講座のニーズに応えていくために
東 高齢者と学生、または高齢者同士が繋がる機会を積極的に作る様子を目の当たりにすると髙井先生が現場を重視されているという姿勢がひしひしと伝わってきます。こういった活動は一過性ではなく続けていくことが大事なんだと思いますので、できれば要望のあるすべての地域で開催したいのですが、予算の関係もあって、どのようなペースで行っていくかは今後の課題ですね。
日髙 スマホ講座の需要は日を追うごとに高まっているものの、スマホサポーターとして活動されている方の人数が10人程度ということもあり、マンパワー的に対応しきれていないというのが目下の課題です。
髙井 スマホサポーター養成講座の第二弾については、現在、調整を進めています。この講座の講師は、スマホサポーターとして活躍されている方たちに担当してもらう予定です。将来的には、私や学生たちが関わらずとも、地域だけで持続できる体制を作っていくことが必要だと思っています。
東 スマホサポーターの中からリーダー的な立場の人を選出し、その方を中心にしてスマホサポーターとSENBOKUスマートシティコンソーシアムとが連携して活動していけたらと考えています。
学長 大阪経済大学では現在、「創発」をキーワードに大学全体の成長をめざして活動しています。今回の一連の活動を通して、創発を感じられる出来事はありましたか?
東 創発の事例としては、SENBOKUスマートシティコンソーシアムではスマホ講座を実施する一方、別事業で連携している大阪大学様が2023年7月に「アバターまつり」というアバターロボットを使用したイベントをATCで開催しました。その時にボランティアの高齢者にアバターロボットを遠隔操作していただくことになり、スマホ講座のサポーターにお願いしたら、みなさん快諾していただけたんです。
スマホサポーターとしての経験で自信をつけ、新しいことにチャレンジしたい、そう思われる方が増えたのだと思います。こういった変化を間近で見られたことは、私たちにとっても大きな刺激になりました。
学長 世代を超えた交流は、学生たちだけでなく、受講生の方々も変えていくのですね。髙井先生がゼミで取り組まれているような体験を、できるだけ多くの学生たちに積んでもらいたいと思っています。そのためには、さまざまな企業や地域社会と交わるような仕組みづくりが必要になります。たとえばですが、学内にコミュニティセンターを作って地域の高齢者と学生が自由に交流できるようにするというのも一つの方法なのかもしれません。これからの大学には、そういったオープン化がさらに求められていくように思います。今日は貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。
After the dialogue
対話を終えて
学長
山本 俊一郎さん
創発を考える上で、髙井先生の活動内容は非常に参考になりました。学生たちもスマホ講座に参加した経験を活かして、自分の祖父母に操作方法を教えてあげるなど、活動を広げているようです。髙井先生とゼミ生が取り組んだスマホ講座やスマホサポーター養成講座は学生たちのコミュニケーション力を成熟させる上で有意義な活動であったと思います。また、髙井先生、東さん、日髙さんの会話から3人の信頼関係が感じとれ、今後のさらなる展開の広がりに期待がもてました。