創発レポート

能勢町の子どもに水泳を教える「トビウオ教室」は地域と研究の共創の場。継続の中で生まれた創発が地域を活性化する。

人間科学部・若吉浩二教授は、2019〜2021年度にわたり能勢町にて子どもの体力向上を目的とした官学連携事業を実施。能勢町教育委員会と能勢ささゆり学園とともに「能勢っ子、かけっこ、日本一」プロジェクトで町ぐるみの取り組みを成功させました。その後も水泳指導を中心に、体力向上に向けた取り組みで協働している能勢町と若吉ゼミ。今回は山本俊一郎学長が、若吉教授と能勢町教育委員会の川本重樹さん、若吉ゼミに所属する本学4年生の岩崎那南さんを座談会に招き、取り組みの経緯を伺いながら創発のヒントを探ります。


教育ビジョン

自ら学びをデザインできる学生を生み出す

予測困難な時代を生き抜くために、主体的に学ぶ姿勢をはぐくみます。
多様な体験で得たものを発表・議論する場を設け、さらなる学びへ発展させます。

研究ビジョン

知の“結接点”となる

分野や産学官民を問わず、国内外の多彩な知を集積し、
それぞれをつなげる場を形成することで、新たな価値を創出していきます。

お話を伺った方

若吉 浩二さん

人間科学部教授。元水球オリンピック選手としての経験や大学での研究成果を社会課題の解決に活かすための取り組みを行っている。

川本 重樹さん

大阪府能勢町教育委員会 学校教育総務課所属。能勢町出身で、若吉先生の元教え子。小中学校で保健体育科教員を20年務めたのち教育委員会へ。

岩崎 那南さん

若吉先生のゼミに所属する人間科学部4年生。自身の水泳経験を活かし、小学校における安全水泳指導の効果と泳法への影響について研究を行っている。

子どもたちの泳力が落ちている能勢町で水泳教室を開催

学長 能勢町と本学との官学連携の取り組みは、川本さんから若吉先生に相談があったことから始まったと聞いています。どのような経緯だったのでしょうか?

川本 2016年に能勢町では、市内の小学校6校と中学校2校が、施設一体型の「能勢ささゆり学園」に再編整備されたことを機に、遠方からでも通園しやすいようスクールバス通学を導入しました。すると児童・生徒の60%がバス通学を利用するようになり、その後は体力が年々低下。ついには体力測定で全国平均を大きく下回るようになりました。

私は教員を経て2018年から能勢町教育委員会に入ったのですが、若吉先生とご縁があって、この課題について相談をしてみたんです。実は若吉先生は、私が奈良教育大学で保健体育教諭をめざしていたときの指導教員だったんですよ。

若吉先生は「厳しかったですね(笑)」とふり返る川本さん

若吉 川本くんとの出会いはもう30年近く前になりますね。相談の連絡をいただいたその頃、能勢町は人口問題も課題になっていて。

川本 全国消滅可能性都市ランキングワースト24位と報道されたこともありました。

若吉 私は大阪経済大学の教員として、大阪をフィールドに研究したかったので、そんな町があるならぜひ協力したいなと考えました。また、もし能勢町で普遍的な研究成果を産むことができれば、そのノウハウを全国に波及させることができるのではないかとも思ったんですね。そこでまずは本学の教育改革支援研究費の助成を受けまして、能勢町の児童・生徒の50m走のタイムが全国平均を超えるための体力づくりから始めました。

学長 そこから取り組みが続き、直近の2024年2月には、能勢町役場で「大阪経済大学×能勢町:体力向上の取組報告会」が開催され、今日参加いただいている岩崎さんを含む若吉ゼミの学生さん3名が発表をされたと伺いました。またこの会で、能勢ささゆり学園が大阪府教育庁から体力づくり優良校として表彰されたことも伺っています。すばらしい成果だと思います。

若吉 このときは岩崎さんともう一人のゼミ生が、能勢ささゆり学園で2022年度と2023年度に実施した夏休みの水泳教室「トビウオ教室」での体験を踏まえ「学校水泳の新たな指導法の提言」というテーマで報告を行いました。

学長 トビウオ教室はどのような経緯で始まったのですか?

川本 2019年度に始まった「能勢っ子、かけっこ、日本一」プロジェクトからの派生なのですが、まず2020年の8月に「水泳遊び支援」という、夏休み期間中の子どもの居場所づくり事業を能勢ささゆり学園で行いました。

このときは単なるプール開放だったのですが、それまでの若吉先生との関係から、大阪経済大学の若吉ゼミや水泳部の学生がお手伝いに来てくださったんですね。それが翌年には水泳出張出前授業に発展し、2022年からトビウオ教室という町内から広く参加者を募る3日間のイベントとなりました。

トビウオ教室の様子

若吉 保護者の方がお子さんと一緒に来られて「この子、水に顔をつけられなかったのに、この3日間で25m近く泳げるようになりました。ありがとうございました!」と非常に感謝してくださるんですよ。うれしいですよね。

川本 教育現場では今、学校の水泳指導を外部に委託しようという流れがあり、近隣にスイミングスクールがあれば、そこへ授業も任せる地域もあるそうです。ただ能勢町にはスイミングスクールがないので、子どもたちの泳ぐ力が低下していました。そんな中で若吉先生が「水泳教室もやってみよう」と協力してくださったのが、トビウオ教室という形になりました。

大経大の学生さんがとても上手に教えてくれるので、子どもも保護者もとても喜んでいますよ!

岩崎 うれしいです。トビウオ教室は、本学の水泳部の学生に協力してもらいながら開催しています。水泳部の学生の中には、子どもの頃からずっと水泳を続けていて、スイミングスクールでコーチのアルバイトをしているような子も多いです。そんな彼らのノウハウを、能勢町の実態に合わせて調整しながら、指導プログラムを組んでもらいました。

学長 岩崎さんは水泳部の所属なんですか?

岩崎 水泳部ですがマネージャーです。水泳から離れていた時期もあったので、部員たちほど競技経験はなくて…。ですが「研究の一環としてこんなことがしたい」と相談すると、水泳部の学生がそれを踏まえたうえで協力してくれました。彼らからのヒントやアドバイスがあったからこそ、トビウオ教室を通じて自分の研究テーマを進めることができました。

学長 能勢町での取り組みには、いつから参加しているのですか?

岩崎 若吉先生が授業で紹介されていたので、能勢町での取り組みのことは以前から知っていました。実際に私自身が能勢町との関わりをもったのは、トビウオ教室に初めて参加した2年生のときです。3年生の夏は2回目の参加でした。

川本 2年間での岩崎さんの成長は目覚ましいものがありました。1年目は正直ついてきているだけという雰囲気でしたが、2年目は打ち合わせからしっかり参加されていて頼もしかったです。

岩崎 2年生のときはまだゼミ生でなく、ほとんどトビウオ教室のことを知らない状態だったんです。でもイベントの流れを一通り体験したことで、3年生ではどんなふうに段取りをすればいいのか、どんな指導が求められているのかを、取りまとめ役の一人として考えて行動することができました。

川本 トビウオ教室は大人気で、1回目の2022年は30人、2回目の2023年は40人を超えて、定員がすぐ埋まるほど申し込みがあります。プールの広さ的にはまだ余裕があるので、指導してくださる学生さんの数が増えれば、定員をさらに増やしたいと考えています。

岩崎 2024年度のトビウオ教室は、私たちの学年だけでも回せるのですが、今後を考えて下級生にも声をかけています。若吉ゼミに入りたいという子が2人ほどいるので「ぜひ手伝って!」と。

学長 トビウオ教室は今後も安泰ですね。

能勢町の子どもたちへの支援が、研究への創発をもたらす

学長 岩崎さんたちは、例えば水に顔をつけるのも怖いという子どもたちには、どんな指導や接し方をしているのですか?

岩崎 そうですね。まず学校での授業よりも少人数で、12人ほどの子どもに対して私たち指導スタッフ2~3人がつく体制で指導しています。そうすると、全員である程度同じプログラムを進めつつも、水に顔をつけられない子にはマンツーマンで、「手のひらに水を溜めて、ちょっと顔をつけてみよう」とか、「次は水面にちょっと顔をつけてみよう」など、少しずつレベルアップしながら指導ができます。

水が苦手な子は、最初の一歩を踏み出すのに勇気がいるんですよね。横でちゃんと見守って「手をつないでるからね、大丈夫だよ!」と支えてあげられる環境をつくると、安心できるのではと感じています。

心から楽しんで取り組めたという岩崎さん(左)。「こうして前向きに考えて参加してくれると、成長を後押しできますね」と若吉先生(右)

若吉 もちろん本学も、単なるボランティアをやっているわけではなく、トビウオ教室は研究データを取るためのフィールドなんですね。私もトビウオ教室を始める前に水泳出張出前授業を9日間やっていますが、これは科研費で取り組んでいた「水中バランス補助ブイ活用による水泳指導法の確立と学校水泳への長期導入の試み」 の検証データを取る目的もあったんです。開発途中の水泳補助具を持ち込んで授業をさせていただき、実際に使ってもらう中で改良を加えていきました。

岩崎さんもトビウオ教室で、データを取りつつおもしろいアイデアを出してくれましたよね。伏し浮きや背浮きの練習にローリング(身体を左右に傾けひねる動き)を取り入れるとクロール泳が習得しやすくなりますという…。それが2月の報告会での発表につながりました。

岩崎 もともとは早く泳げる方法を研究したくて若吉ゼミに入ったんです。でも先生から、早く泳ぐための泳法と、命を守るために必要な泳法は違うというお話を聞いて、トビウオ教室を機に安全水泳についても考えるようになりました。

ローリングについては泳法を研究するなかで発想したものです。水の中で身を守るには、まず水面に浮いて呼吸を確保することが大切です。人は下向きに浮くのは簡単にできるのですが、そこから上向くには回転運動が必要となります。一方でクロール泳の動きにあるローリングも体を傾けひねる動作です。そこで伏し浮きから背浮きになるためにローリングの動きを取り入れるのはどうかと考えました。そうすれば安全水泳の指導にもなり、クロール泳の習得にもつながるなと。

報告会では、ローリングを取り入れた伏し浮きや背浮きの練習を重点的に行うことで、クロール泳が習得しやすくなることや、安定した泳ぎにつながることを説明させていただきました。トビウオ教室で水泳指導の現場の課題を知れたからこその、気づきだったと思います。

2024年2月、能勢町役場での発表の様子。当時は3年生ながら、卒業論文に向けた研究の成果を報告した

若吉 すばらしい。岩崎さんにとってのトビウオ教室のように、自分の基礎研究を実証実験するためのフィールドをもつことが大切なんですね。多くの学生は、データは簡単に取れるものと思っているけれど、そうじゃない。フィールドをどうつくるのかが大事なんですよ。

大学と能勢町が真剣に議論できる関係性が継続されている

学長 能勢町とは継続して官学連携ができる良い関係性が築かれていますね。昨年から私のゼミも、能勢町でフィールドワークをさせていただいています。

若吉 とはいえ、私たちが取り組んできた子どもの体力向上の能勢町モデルみたいなものが、本当はもっと他の地域に波及して効果を発揮できたらいいんですけどね。能勢町だけよくなっても、それはまだまだ創発とはいえないかもしれません。

大学教員を40年近く続けながら、私は常に“Something New”を求め続けてきました。またその“Something New”というのが、創発なのではと思っています。

私が考える大学教員の使命とは、まずは常に学会発表をしたり論文を書いたりするということ。次にそれを社会が認めて必要としてくれるかということ。そしてこの継続の過程で科研費や外部資金を引っ張ってこられるかです。この3つが欠けると、教員は創発へのエネルギーが低くなってしまうし、学生をワクワクドキドキさせることができなくなります。

学長 確かに。単なる官学連携に終わらず、その取り組みを社会が評価してくれたら、きっとそれは創発と言えるでしょうね。少なくとも、取り組みを見てくれた人が興味をもってくれただけでも、新しい価値が生まれていると思います。

若吉 問い合わせレベルであれば、日本水泳連盟からの協力依頼や、トビウオ教室をぜひうちの施設や市町村でも、というのは結構あるんです。導入に至りそうなところも出てきています。

学長 なるほど。創発が生まれる背景としては、能勢町との取り組みが長く続いていることもポイントですね。また、岩崎さんのローリングの話のように、学生の素直な発想がやはり大切ですよね。我々ですと、これしかできないというふうに勝手にバイアスをかけてしまう。

川本 ええ。能勢町の方でも、学生さんの素直な発想に刺激されて、その後の議論が活発になったりしていますね。

学長 私のゼミのフィールドワークの際に感じたことですが、能勢町の皆さんも、学生をお客さま扱いせず、本気で厳しい意見を言ってくださるところがよいですね。だから単なる労働力提供に終わらず、創発につながっているのだと感じています。これは川本さんが能勢町のキーマンたちをつないで、受け入れ環境をつくってくださってきたのが大きいですね。

全員が本気でぶつかり、取り組んでこその創発ではないかと話す山本学長

川本 教育委員会が表立って動くと、学校側には敬遠されがちなんですよ(笑)なので、一緒に動いてくださる先生を味方につけて、その方に表立って動いていただくことで、受け入れ態勢をつくってきました。

ですがそもそもの始まりは、私の大学時代の指導教員が若吉先生で、30年近く経って連絡をしたときに再び関係ができたことで、そこも大きいと思います。

学長 創発というのはその場で起きるだけではなく、時間が経ったときに起こるものでもあるんですね。それが創発であり、教育というものなのかもしれません。

After the dialogue

対話を終えて

学長

山本 俊一郎さん

「DAIKEI 2032」のミッションにある「創発」は、予期せぬものとの出会いや異質なものとのぶつかり合いが、新たなものを生み出すといった意味を持ちます。今日の対談でいただいた創発のヒントは「継続」です。能勢町との官学連携の取り組みは今年で6年目になりますが、若吉先生やそのゼミ生を含む学生さん、そして川本さんをはじめとする能勢町の方々の良き関係性が続いていることで、意図せずとも必然的に創発が起こっているのだと感じました。続けられる環境をつくることが大事であり、その環境をつくるのは人のつながりなのだと改めて理解できました。